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[FactCheck] 「財政検証で年金の所得代替率が改善」は本当か?ー臨時国会所信表明の検証②

[FactCheck] 「財政検証で年金の所得代替率が改善」は本当か?ー臨時国会所信表明の検証②

(臨時国会で所信表明演説を行う安倍晋三内閣総理大臣、2019年10月4日、首相官邸サイトより)

チェック対象
先般の年金財政検証では、アベノミクスによって支え手が500万人増えた結果、将来の年金給付に係る所得代替率が、改善いたしました。(2019年10月4日臨時国会所信表明)
結論
【ミスリード】今年の年金財政検証を5年前の前回と比べた場合、将来の年金給付に係る所得代替率がわずかに上昇するケースはあるが、大差はない。所得代替率が将来大きく下がり続ける点に触れず、あたかも将来の所得代替率が改善したかのような誤解を与える。

安倍首相は10月4日、臨時国会の冒頭で所信表明演説を行った。その中で「先般の年金財政検証では、アベノミクスによって支え手が500万人増えた結果、将来の年金給付に係る所得代替率が、改善いたしました」と発言した。

安倍首相が言及した「年金財政検証」とは、将来の年金の給付状況を5年に1度検証するものだ。第2次安倍政権が発足してから2度目となる検証結果が8月27日発表された(前回は2014年6月)。

「所得代替率」とは、年金を受け取り始める時点における年金額が、現役世代の手取り収入額と比較してどのくらいの割合か、を表したものだ(厚生労働省のポータルサイト参照)。所得代替率は具体的には、次のように算出される。

計算式
(夫婦2人の基礎年金 + 夫の厚生年金)/ 現役男子の平均手取り収入額=所得代替率
2014年度
(12.8万円+9.0万円)/34.8万円 = 62.7%
2019年度
(13.0万円+9.0万円)/35.7万円 = 61.7%

安倍首相の発言からは「(安倍政権の間に)就業者が増えたことによって、将来の年金給付に係る所得代替率が改善した」との印象を受ける。実際はどうであったか。

✔︎検証

安倍首相の発言内容は、やや曖昧な点がある。今回の年金財政検証の結果、将来の年金給付に係る所得代替率が「現在よりも」改善したという意味なのか、「前回の年金財政検証(2014年)よりも」改善したという意味なのか、判然としないためだ。

そこで、2通りの解釈を踏まえ、①アベノミクスによって支え手(就業者)が「500万人増えた」のは事実か、将来の年金給付に係る所得代替率が②「現在よりも」改善したのか、③「前回の年金財政検証よりも」改善したのか、の3点を調べた。

①支え手(就業者)が「500万人増えた」はほぼ事実

第2次安倍内閣が発足した2012年12月における就業者数は6263万人、直近の2019年8月の就業者数は6735万人。この約7年間で472万人増えていた(総務省労働力調査[a-1])。したがって、第2次安倍内閣発足後「500万人増えた」というのは(やや数字を盛ってはいるが)ほぼ事実といえる。(追記:なお、「アベノミクスによって」500万人増えたと言えるのかどうかは検証困難なため、ここでは検証しなかった。

②将来の年金給付に係る所得代替率が「現在よりも改善する」ことはない

2019年の年金財政検証結果は厚労省のサイトで公表されている。これを確認したところ、将来の年金給付に係る所得代替率は、今後も一貫して低下する見通しが示されていた。

今回の年金財政検証では、経済状況を楽観的に想定したケースから悲観的に想定したケースまで、6通りのシナリオをもとに将来の所得代替率を算定している。その結果は、全てのケースにおいて、将来の所得代替率は、2019年度の所得代替率「61.7%」を下回り、最も楽観的なケースでさえ、2046年度には「51.9%」となる見通しだった

安倍首相は、「アベノミクスによって支え手が500万人増えた結果」所得代替率が改善したとも言っている。①でみたように、安倍政権の間に就業者数が472万人増加したのは事実だが、その間も所得代替率は低下している(2014年の62.7%→2019年の61.7%)。「就業者数が増加すれば所得代替率が改善する」と単純に言えるものではない。

③「前回の年金財政検証で算出された所得代替率よりも」改善したとは言えない

2014年と2019年の年金財政検証では、物価上昇率や賃金上昇率、運用利回り等の将来見通しなど前提条件が異なっている。双方の検証結果を単純に比較することは困難だ。

あえて、同程度の経済成長率を前提としたケースどうしで、給付水準調整が終了した時点での所得代替率を比較すると、下の表のようになる。

給付水準調整が終了した時点での所得代替率(筆者作成)

実質経済成長0.4%〜0.9%で2019年検証(Ⅰ〜Ⅲ)と2014年検証(C〜E)を比較すると、将来の所得代替率は改善していると言えなくはないが、差は1%未満でわずかだ。経済成長率が0.2%以下で比較すると、所得代替率は法律上の下限の50%に達するため、2014年検証の結果と変わらない。

この違いをグラフで表すと次のようになる。

年金の所得代替率は5年前に比べ下がり、今後も下がり続ける見通しだ

年金財政検証による将来の年金給付に係る所得代替率の見通し(筆者作成)

財政検証の前提は「実質賃金の上昇」 近年は低下傾向だが…

実は、今回の年金財政検証(楽観的なケースⅠ〜Ⅲ)では、「実質賃金上昇率1.6%~1.1%」「実質経済成長率0.4〜0.9%」という前提で算定されている。しかし、現実の実質賃金は低下している。2019年8月の実質賃金は前年同月比0.6%減で8カ月連続減少(毎月勤労統計調査速報)、2014~2017年度平均でみても0.6%減だった。ここから、財政検証が想定した実質賃金上昇率は現実と乖離しているのではないかという疑問が生じる。

経済同友会の桜田謙吾代表幹事も、将来の賃金上昇率が実質経済成長率を一貫して上回る想定について「過去20~30年起きていないことが前提となっており疑問だ」と指摘している(日本経済新聞9月3日)。

また、年金財政検証では、出生者数が90万人を割るのは2021年以降と推計されていたが、今年は出生数の減少が加速し、2019年の出生者数が90万人を割る可能性が高まっている(日本経済新聞10月7日)。人口減は年金財政の支え手の減少につながる根本的な問題だが、改善されていない。

年金財政検証を所管する厚労省の年金局数理課に、5年前の財政検証と比較して所得代替率の見通しは「改善した」と言えるのか、聞いてみた。この担当者は「出生率の改善や労働参加の進展等によりわずかに上昇した。それを『改善』というかは評価の問題ですが」と話した。”わずかに上昇”したのは、「経済成長と労働参加が進む」という比較的楽観的な想定をしたケースに限られることも確認した。

結論

安倍首相の発言を普通に聞けば、従来のアベノミクス(安倍内閣の経済政策)の成果=就業者数の増加=によって将来の所得代替率が「現在よりも改善」し、年金財政の持続性が改善したかのような印象を受ける。しかし、今年の財政検証結果によれば、楽観的な経済状況を前提としても、現在の61.9%から2046年ごろに法律上の下限ギリギリの50.8〜51.9%にまで下がると見通しだ。「現在よりも改善」するわけではない。

安倍首相の発言の真意を「2014年財政検証の結果と比べれば」将来の年金給付に係る所得代替率が改善したと解釈できなくもない。その場合、今年の財政検証では、楽観的な経済状況を前提としたケースで2014年検証結果よりわずかに上昇する数値が出たことは事実なので、発言に根拠がないわけではない。だが、その差は1%未満にすぎず、大差はない。しかも、これらの見通しは「実質賃金上昇」を前提とし、現実と乖離している。悲観的なケースだと、50%未満まで下げ止まらないことは、2014年検証結果と変わらない。

いずれにしても安倍首相の発言は、根拠がないわけではないので「誤り」とは言えない。だが、将来の所得代替率が今よりも低下することは避けられない。現状の実質賃金の目減りや人口減のペースだと、財政検証で算定したとおりとならない可能性もある。こうした重要な事実に触れず、確実に改善したかのような誤解を与える発言なので「ミスリード」と判定した。

(この記事は、ファクトチェック基本方針レーティング基準に基づいて作成しました)

[修正]当初タイトルを「アベノミクスで『年金の所得代替率が改善』は本当か?」としていましたが、アベノミクスによって改善したかどうかは検証対象外としたため、「『財政検証で年金の所得代替率が改善』は本当か?」に修正しました。また、検証①にもその点を加筆しました。(2019/10/18 14:40)

楊井人文田島輔

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