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印刷業界で多発した胆管癌(後編)  調査報道シリーズ/化学物質の脅威②

印刷業界で多発した胆管癌(後編)  調査報道シリーズ/化学物質の脅威②

~便利な社会の裏側で労働者の健康が蝕まれている~

大阪市の印刷会社の従業員や元従業員の間に、極端に高い率で胆管がんの患者が見つかったことがあった。それは2011年。なんだろう?何もわからない状況で取材を重ねた結果、それが化学物質による健康被害だということに気づく。
その取材結果を当時を、当時、講談社の「現代ビジネス」に連載させてもらった。この調査報道シリーズ「化学物質の脅威」の開始にあたって編集部の許可を得て再録させてもらうものだ。そしてこれはけして、過去の話ではないということを知って頂きたい。今も、同じ状況はどこかで起きていると考えた方が良い。

再録のため、肩書、年齢は当時のままであることをあらかじめお断りしておく。 (立岩陽一郎)

厚生労働省(撮影:立岩陽一郎)

規制と安全性は別

問題と見られる洗浄剤を作っているメーカーは、愛知県にあった。取材交渉は難航するかと思いきや、二、三度の電話のやり取りで「取材に応じてもいいですよ」という答えが返ってきた。私はさっそくそのメーカーを訪ねた。

質問に答えてくれたのは、工場長という肩書の年配の男性だった。彼は次のように説明してくれた。

「(問題となった)洗浄剤に含まれているのは、『ジクロロメタン』と『1,2-ジクロロプロパン』。どちらも塩素系の化学物質です。

このうち、ジクロロメタンは有機溶剤中毒防止規則で規制されており、取り扱いに規則があります。まず、取り扱う際は防毒マスクの着用が義務づけられています。また、利用者は特別な健康診断を半年に一度受ける必要があります。一方、1,2-ジクロロプロパンに規制はありません」

マスク着用を義務づけられるほど毒性のある化学物質を使っていることを、印刷会社SANYO-CYPはわかっていたのだろうか。従業員たちはマスクなど着けていなかった。そして、規制されていないもう一つの化学物質。本当に規制の必要はないのか—。私の疑問はつのるばかりだった。

工場の中を見せてほしいと頼むと、工場長は困った顔をしたが、会社の名称を一切表に出さないことを条件に、製造ラインに案内してくれた。

製造ラインでは、ジクロロメタンを主な成分とする洗浄剤が作られていた。ペットボトル大の容器が横一列に動いていく。詰め込み場に来ると、管が容器の口の部分に密着して、シューという音を立てる。化学物質が液体の状態で詰め込まれる瞬間だ。

その詰め込み場には、壁に排気口が設けられている。工場長はこう説明した。

「あれで『局所排気』をやっているんです。だから臭いがしないでしょ。それが大事なんです。臭いがするということは、有毒な物質が充満しているということですから。排気装置の設置も、ジクロロメタンを扱う上での規則で義務づけられていますよ」

この日は、1,2-ジクロロプロパンを使った洗浄剤の製造は見られなかった。私は工場長に疑問をぶつけてみた。

「ジクロロメタンは規制されていて、1,2-ジクロロプロパンは規制されていないわけですよね。この二つの物質の危険性に差はあるんでしょうか?」

工場長の答えは明快だった。

「私たち製造現場の人間の立場からすると、両者には何の違いもありません。どちらも吸ったら危険ですよ」

驚いている私に向かって、工場長はさらに続けた。

「規制のないものを使うのは当然じゃないですか。規制がかかっているものを使うには、その対処に費用がかかる。たとえば、あの局所排気装置をつけたりしなければならないわけです。だから、その費用と手間が要らない、規制のないものを使うわけです。

でもね、規制がかかっていないから安全という訳ではないんですよ。だから、製造現場の立場から言わせてもらうと、危険なものを使ってもいいようなやり方はやめてほしい。使わせないという規則にすれば、皆、それに従うんだから」

調査報道

今回のような取材をメディア用語では「調査報道」と呼ぶが、この調査報道は、メディアにとって大きなリスクを伴う。問題とされた組織や個人が、事実無根だとして損害賠償を求めてくるかもしれない。メディアの人間にとって、及び腰にならないと言ったら嘘になるだろう。

そのため、取材を続けても、どこで報じればいいのか“出しどころ”がなかなか見つからなかった。その状況を知った前出の片岡明彦が悲しそうな顔で、「あんたには無理かもしれんな」と呟いたことがある。痛烈な皮肉でもあったが、私は「とにかく取材を続けるしかない」と考えた。

ただし、孤軍奮闘がずっと続いたわけではない。この問題の重要性に気づいたNHKのプロデューサーやディレクターが取材に加わってくれた。それが後に「クローズアップ現代」(2012年9月26日放送)となる。

NHKクローズアップ現代のHPから

NHKの通常のニュース番組の制作班の中にも動きが起きる。そして2012年の4月に入ると、夜9時のニュース番組、「ニュースウォッチ9」の編集責任者から電話が入った。

「胆管がんのこと、聞いたよ。大変な話じゃないか。俺が責任持つからウチでやろう」

この一言で、放送が決まった。

そしてその年の5月17日の午後9時、トップニュースとして「同じ印刷会社で働いていた従業員たちが連続して胆管がんで死亡」が初めて伝えられた。しかし、この時点では、公的な機関にまだ表立った対応の動きはなかった。

こうした場合、表現は慎重な上にも慎重にならざるを得ない。訴訟のリスクがあるからだ。スタジオで解説した私は、「何が原因なのか?」というキャスターの質問に、「その点はまだ何もわかっていないんです」と答えるしかなかった。

こうした報道をした後で気になるのは、他のメディアの対応だ。経験から言って、調査報道は他のメディアから黙殺されることが珍しくない。追いかけるところはあるのだろうか?

翌日。私の心配をよそに、新聞各社が報じ始めた。

その結果だろう。厚生労働省も動いた。SANYO-CYPへの立ち入り調査が始まったのだ。厚労省化学物質対策課と、同省から委託された独立行政法人「労働安全衛生総合研究所」が、原因の特定に動き出した。

アメリカでは25年前に発がん性が指摘

NHKの影響力は大きい。報道から7月10日、厚労省は記者会見を開き、立ち入り調査や、関係者からの聴き取り調査で判明した内容を発表した。「洗浄剤に含まれていたジクロロメタンと1,2-ジクロロプロパンが胆管がんの原因となった可能性が高いものの、引き続き調査を続ける必要がある」という趣旨だった。

ジクロロメタンは前述の通り、有機溶剤中毒防止規則で規制されている有害物質だ。使用には厳しい条件が課せられる。印刷会社は厚労省の聴き取りに対して、この物質の使用を否定した。一方、1,2-ジクロロプロパンについては取引記録を示し、長期間にわたって使用していたことを認めたという。

我々の取材結果とは異なる内容だったが、印刷会社が1,2-ジクロロプロパンの使用のみを認めるというのは、予想されたことだった。

有機溶剤中毒防止規則で規制されたジクロロメタンが胆管がんの原因だった場合、会社は明確な形で法令違反に問われる。しかし、1,2-ジクロロプロパンが原因だった場合は、規制されていない物質なので、会社が法令違反に問われる可能性が低くなるからだ。

私はさらに取材を進めた。本田真吾ら従業員の話から、どの洗浄剤をどの時期に使っていたかを調べた結果、ほぼ100%、1,2-ジクロロプロパンで作られた洗浄剤のみが使われている時期があることがわかった。そして、その時期にしか働いていない従業員からも、胆管がんの発症が見つかった。

規制されていない化学物質ががんを発症させたとすれば、単に大阪の一中小企業の倫理観の問題ではなくなる。我々は1,2-ジクロロプロパンについて、海外の事例も調べていった。

まず、1,2-ジクロロプロパンは、アメリカで農薬として広く使われ始めたという。「DD」という名称で、1970年代に急激に普及している。

しかし80年代に入ると、アメリカの農村地帯で有毒性が疑われ始める。DDが多く使われていた地域で、相次いでがんを発症する子供たちが見つかったといった報告が次々と寄せられた。農薬として大量に散布された1,2-ジクロロプロパンが地下水に染み込み、それが飲料水となって人々の口に入り、健康を害したのではないか—。そんな疑いが指摘され始めたのだ。

こうした事態を受けて、アメリカ政府が動き出す。86年、有害物質の検査を行う政府の研究機関NTPが、マウスとラットを使った動物実験の結果を公表した。

それによると、1,2-ジクロロプロパンを与えたマウスには、オスとメスの両方にがんが見つかった。ラットでは、メスに一定程度の発がん性が認められ、オスには発がん性が認められないとされた。

後に、この結果をどう見るかは専門家の間でも議論が分かれるところになるのだが、翌87年、EPA(環境保護庁。日本の環境省に当たる)は、暫定的な措置としながら、1,2-ジクロロプロパンを「B2」(人間への発がん性の恐れがある)に分類する。

その結果、主要な生産者だったアメリカの大手化学薬品メーカー「ダウ・ケミカル」は、国内における1,2-ジクロロプロパンの製造を中止した。こうして80年代のアメリカでは、1,2-ジクロロプロパンの使用が急激に減っていった。

厚労省の見解

このような動きについて、化学物質の安全な利用を推進するNPO 「American Council of Science and Health」代表のギルバート・ロスは次のように話した。

「動物実験で発がん性が認められれば、人間への発がん性の恐れは当然出てきます。仮に雇用主が、そのことを現場の労働者に警告せずに1,2-ジクロロプロパンを使わせ、労働者ががんを患ったら、政府の罰則と共に巨額の損害賠償を払うことになります。誰もそんなリスクは取れないので、結果として、発がん性の疑いが出た物質は市場から退場せざるをえなくなります」

なぜ、アメリカの情報は日本にもたらされなかったのか。厚生労働省に尋ねた。

取材に応じたのは、化学物質対策課長の半田有通 。旧労働省時代から化学物質の問題に携わってきたその道のスペシャリストだ。半田は言った。

「NPTの実験結果は、発がん性を指摘するには不十分なものでした」

半田の言葉に、補佐の搆(かまえ)健一が付け加えた。

「報告書を読まれたと思いますが、マウスではがんが見つかっていますけれども、ラットでは、見つかる前に死んでしまったりしています。ですから、あれの結果で、人への発がん性の恐れ(がある)という結論にはなりません」

実験結果をどう判断するかは容易ではないというのはわかる。半田は「発がん性の判断には厳密さが求められる」と語った。確かに、そのこと自体に納得できないわけではない。

では、EPAが暫定的とは言え、「人への発がん性の恐れがある」と分類した点についてはどう受け止めたのだろうか? 半田は次のように言い切った。

「EPAの判断というのは、それがどういうものであっても、他の国の行政機関の判断であり、我々が参考にすべき客観的なものとは考えていません。もちろん、NPTの実験結果は客観的な事実ですから、我々も参考にします。その結果、発がん性は確認できないと判断したわけです。

しかし、繰り返しになりますが、他の国の行政機関がどう判断したかで我々が動くことはありません」

半田は、「発がん性の指摘は慎重でなければならない」と強調した。ちなみに厚労省はがんを漢字で表記しない。漢字で「癌」と書くと、英語の「cancer」、つまり狭い意味でのがんだけを意味するからだという。「がん」と平仮名表記することで、「malignant neoplasm」(悪性腫瘍)という、幅広い意味での腫瘍を表したいのだという。

その説明一つとっても、厚労省ががんの問題に誠実に対処しようとしてきたことが窺える。そうであれば逆に、胆管がんの連続発症を防止できなかったことが悔やまれる。

アメリカで1,2-ジクロロプロパンが発がん性物質とされた後、日本はどう対処したのか、事実関係を簡単に述べておこう。

2000年になって、ようやく旧労働省は思い出したかのように、1,2-ジクロロプロパンについてのがん原生試験を開始した。そして2005年、マウスとラットの双方にがんを発見。その試験結果を有識者会議で検証し、2011年に入って、「哺乳類を使った実験で発がん性を確認した」と発表している。

アメリカで人間への発がん性が指摘されてから、実に20年以上も後のことだった。

厚労省は毎年、「人口動態統計」というデータを発表している。それを見ると、年間にどの病気で何人死亡したかがわかる。この統計によると、2011年の1年間で、全国で胆管がんで死亡した人の数は1万3707人となっている。

若い人には稀な病気だとされるが、実際、20歳以上、50歳未満の胆管がんによる死亡者数は701人だった。全体のわずか5%。

過去のデータをたどっても、ほぼ同じくらいの数字で推移している。基本的に、50歳未満の人が胆管がんにかかるのは珍しいと言えそうだ。

胆管がんによる死亡者のうち、労災が申請されたケースはあるのだろうか? 厚労省に問うと、ないとのことだった。

おそらく、職場の化学物質によって胆管がんが引き起こされたと知らずに死んでいった人たちが、SANYO-CYP関係者以外にもかなりいるのではないか。実際、そのことを示唆する調査結果が出てきている。

新聞がこの問題を活発に報じ始めると、各地で胆管がん被害の報告がなされるようになった。最初は宮城県。続いて東京、石川、静岡の3都県。

また、厚労省は全国の印刷会社に立ち入り調査を行った他、アンケートなどで職場の状況を調べた。そこでは、会社の従業員や元従業員の中に胆管がんを罹患した人がいないかどうかも問うている。その結果、SANYO-CYP以外の印刷会社で、22人について胆管がんの情報が寄せられたという。

また、胆管がんについて労災を申請する人も出てきて、その数は10月9日時点で45人。ただし、印刷会社で胆管がんにかかった22人とこの45人の間に重複している人がいるかどうかはわからない、という。

厚労省も、これまで出てきた胆管がん患者がすべてだとは考えていない。「これ以上は(胆管がんにかかった印刷会社関係者が)出てこないと思いますか?」と問うと、半田は「そう願いたいところだが、とてもそうは思えない」と率直な心情を吐露した。

そもそも当初から、厚労省の調査に限界があることは片岡らから指摘されてきた。その指摘が正しいことは、すぐに証明された。

先進国の日本でなぜ放置されたのか

2012年9月、三重県に住む男性が記者会見を開いた。胆管がんを発症して治療を続けているという。

彼は1984年から95年まで印刷会社で働いていた。職場で使われていた洗浄剤は2種類。1つにはジクロロメタンが、もう1つは1,2-ジクロロプロパンが含まれていた。SANYO-CYPのケースと同じである。

状況から考えて、いずれかの洗浄剤によって胆管がんになった疑いが濃い。しかし男性は、厚労省のアンケートからは漏れていた。彼が勤めた印刷会社がすでに廃業していたからだ。

「私のように会社が倒産してしまったところで働いていた人間は、絶対に国の調査では把握できませんよ」

男性はそう言い切った。彼の話では、その会社で一緒に働いていた仲間は10人余り。全員が男性と同じように有害な化学物質にさらされていた可能性は極めて高い。

記者会見の数日後、その男性を三重県に尋ねた。彼が胆管がんの治療に使った医療費はすでに300万円を超えているという。その中には粒子線治療も含まれる。

そして抗がん剤。副作用で常に吐き気に苦しみながらの生活が続く。

今後、いくら治療費がかかるかもわからない。当然、妻も働かざるを得ない。男性は言った。

「この先進国の日本で、ですよ。こんなことがずっと放置されていて、今後も何も変わらないなんて・・・。そういう事実が僕には本当にショックなんです」

家族のためにも絶対に死ねない

洗浄剤について語ってくれた前出の大成幸司は、大阪市内の下町の小さな町工場で父親と二人、金具を作っている。訪ねていくと、大成は忙しく機械の間を動きながら、製造工程に間違いがないかを見守っていた。

父親は椅子に腰かけて、手製の金具を作っていた。母親がアイスコーヒーを出してくれた。

大成の父親は、もともと金具を製造する会社に勤めていた。大成がSANYO-CYPを辞めるとき、父親も勤めていた会社を辞めて独立した。「息子に仕事をさせてやりたい」と思ったからだった。

以来、銀行の融資などで機械を揃え、親子で金具作りに励んだ。出来の良さと納期厳守の徹底で取引先の信用を得て、不況の今でも注文が途切れることはない。銀行からの融資はまもなく完済する。

休憩時間になり、機械を離れた大成が話し始めた。

「何とかやっていますけど、今も不安と闘う日々です。いつ肝臓の数値が悪くなるかわかりませんから・・・。家族と一緒にいて、楽しいことがあっても、本当に心の底からは笑えない。常に不安を背中に抱えているという感じです」

両親は黙って大成の話を聞いている。大成は両親の家の近くに、夫人と中学生の息子と小学生の娘の4人で住んでいる。

夫人は笑顔の素敵な女性だ。いつ取材に訪れても、嫌な顔一つせず、大成を呼んでくれた。

「このニュースが流れて、奥さんから何か言われませんか?」

という私の問いに、大成は静かに答えた。

「彼女も胆管がんで死んでいった仲間を知ってますから、そりゃ不安だと思うんですよ。でも、僕には何も言わないんです。だから、彼女を絶対に心配させちゃいけない。絶対に元気でいなきゃいかんて思うんです」

一方で、こうしている瞬間にも病勢が進んでいる人もいる。大阪市のある総合病院に、SANYO-CYPの元従業員がやはり胆管がんで入院している。点滴をつけたまま弱々しく歩く彼は、目も顔も、すべてが鈍い黄色に覆われていた。強い黄疸の症状だ。生体肝移植しか生きる術はないという。

あまりの衰弱ぶりに驚きつつ来訪を詫びる私に、彼は言った。

「もう来ないでください。僕は必死なんです」

私は短く謝罪の言葉を述べ、立ち去るしかなかった。

化学物質が事実上、野放しになっている日本

2012年10月12日、検査入院をしていた前出の本田真吾が退院した。東京にいた私は本田に電話を入れた。

医師からはまだ、明確な検査結果は告げられなかったという。腫瘍が他にも見つかったらしい。さらに検査をする必要があるのか、手術は必要なのかといったことも、医師からの連絡待ちだという。

「不安なのは、検査結果がわからないことではなく、最近、急激に疲れやすくなっていることなんです。今まで、こんなことはなかったのに・・・」

数日後、再び本田から電話が入った。手術をすることになったという。

「かなりの部分、肝臓を切り取るそうです」

「本当に手術を受けるの?」

「手術、します。それしかありませんから」

切除するのは胆管だけではすまない。胆管は肝臓の内部に入り込んでいるため、肝臓のかなりの部分を切り取ることになるのだ。30歳の若者にとって、あまりにも重すぎる決断だろう。そのせいか、「迷いはない」と言う本田がなかなか電話を切らない。

私が「また連絡しますから」と言って電話を切ろうとすると、本田は急に我に返ったように「あっ」と声を出した。そして「手術日が決まったら連絡します」と言って電話を切った。彼の心の動揺が伝わってくるようで、辛くてたまらなかった。

神奈川県秦野市に、化学物質の発がん性を調べる施設がある。日本バイオアッセイ研究センターだ。

日本バイオアッセイ研究センターのHPから

前述の1,2-ジクロロプロパンの検査も含め、国は、化学物質による発がん性の検査をすべてここで行う。世界でもトップレベルの設備を誇るという。

この研究センターを取材した記者の報告を聞いて驚いた。世界トップレベルの施設なのに、発がん性を検査できる化学物質は、1年間で2種類ほどだという。ところが、新たに登場する化学物質は、1年間に1200種類もあるのだ。

もちろん、動物実験などには時間も手間もかかるので、一度に多くの検査ができないのはやむを得ない。しかし、調べられる物質が年に2種類で、新たに出現する物質が1200種という差には愕然とした。

言うまでもなく、毎年登場する1200種類の化学物質すべてに発がん性があるわけではないだろう。しかし、そのほとんどが国の検査を受けることなく、製造者の提出したデータによって使われていることは強調しておきたい。 少なくとも、私たちがそういう社会に生きているということは知っておいた方がよい。

今回の胆管がん多発事件については、有毒な化学物質が引き起こしたことが明らかになった。しかし、他のどんな化学物質が、いつ、どんな形で私たちの肉体に襲いかかるかは誰にもわからない。否、はっきり書こう。私たちは更に、広い分野で化学物質の脅威が現実となっていることを知ることになる。

続く

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