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大阪ダブル選挙ファクトチェック 都構想は説明不足 本家の東京では別な動きも

指摘の通り、1943年、東京市の消滅によって東京の中心部の基礎自治体はなくなり、本来広域行政を担う東京都が基礎自治体の行政も担う形となった。しかし、これは、「一極といわれる日本をけん引する」ための変更ではなかった。

国防上の要請だった東京都の成立

長年地方自治を研究している早稲田大学の稲継裕昭教授によれば、それは「首都防衛の観点」であり、そのため、当時の「東京市は官選の長官(現在の知事)に率いられた東京都に吸収された」ということだ。

1942年のミッドウェイ海戦以後、戦局が厳しいものになる。こうした中で、総力戦に対応しうる国内体制の成立が急がれる。その1つが、東京市を廃止して東京都に吸収するというものだった。つまり、もともと東京都の成立は国防上の観点からで、経済成長を狙ったものではなかった。

一方で、戦後もその東京都の制度が維持され、結果として「日本をけん引する」立場になったことも間違いない。これについて東京23区が共通の課題を議論するために設置している特別区制度調査会に、「東京の成長は都区制度によってもたらされたものか?」と尋ねてみた。
すると、それについて否定的な回答だった。「都区制度はあくまでも住民生活のための制度であって、成長のための制度ではない」との説明だった。

そもそも東京都の制度と東京の成長とを実証的に検証した研究と言うのは有るのか?特別区制度調査会では把握していないとのことだった。

一般的にも、東京が「まさに一極といわれる日本をけん引する、成長

東京はなぜ成長する大都市になったのか

する大都市になった」理由は、以下の別な点に求める方が自然だろう。

1つは、大規模な国家プロジェクトの東京及び周辺での実施だ。1964年の東京オリンピックは代表的な事例だろう。また、羽田、成田といった国際空港の建設、拡充も挙げることができる。成田空港にいたってはそもそも東京都内に建設されておらず、東京都の制度とは無関係なものだろう。

また、中央政府の許認可権を求めた企業が東京に本社機能を移した点も見過ごせない。日本を代表する企業の多くは、実際には東京以外で始まっているケースが多い。製薬会社、繊維会社、新聞社など大阪で始まったものも多い。しかし許認可権を独占する中央官庁との接触が企業活動に大きく影響する日本では、必然的に企業は官庁が集中する東京に拠点を移さざるを得なかった。

こう考えると、仮に大阪において大阪市を廃止して大阪府に吸収しても、上記の条件を満たさなければ、東京が担ったような「日本をけん引する」立場にはなり得ないとも考えられる。

東京23区では別の方向が検討

ところで、前掲の特別区制度調査会は、現在の23区の新たな形態を議論している。それは、区の合議体を作るというもので、例えて言うと欧州におけるEUの様なものだという。それは必ずしも東京市の復活ではないが、特別区がばらばらに活動をするのではなく連携するものになるという。

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