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大阪ダブル選挙ファクトチェック 都構想は説明不足 本家の東京では別な動きも

つまり都構想と副首都構想は表裏一体とも言える。しかし、副首都という構想は東京から出たものではなく、副首都として「日本を支える」とする発想が東京のまねとまでは言えない。従って、柳本候補の上記の発言は、半分は事実だが、半分は事実ではない。

東京は1943年に東京都に

次に、松井候補の発言だ。この発言は極めて重要だと思われるのは、これこそがまさに都構想の着想の原点だと言えるからだ。

1943年に当時の東京府が東京市を廃止して東京都になったのは歴史上の事実だ。このため、松井候補の発言の前半部分である「東京は1943年に東京都にかわりました」に事実誤認は無い。また、後半の、「それから80年弱が経過して、まさに一極といわれる日本をけん引する、成長する大都市になったわけです」も、語られている言葉に間違いはない。

東京都庁
東京都庁

ただ、この言葉の持つ意味は実はそれだけではない。前半部分と後半部分とは並列ではなく、前半が前提条件となっているからだ。詳しく説明しよう。

東京都だから日本をけん引するのか

先ず、発言を因数分解してみる。「東京は1943年に東京都にかわりました」は前提条件。そして、「それから80年弱が経過して」は事実関係についての言及。そして、「まさに一極といわれる日本をけん引する・・・」は結論となっている。この部分は、「それ故」を加えて、「それ故、まさに一極といわれる日本をけん引する・・・」と考えるとわかりやすい。そうでなければ、そもそも都構想という発想にはならないからだ。松井候補が、東京を目指すべきだと続けているのはその点を指している。

つまり、東京が都制度を導入していることが「日本をけん引する、成長する大都市になった」理由だと言う説明となる。本当にそうなのか?以下、それをファクトチェックしたい。

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