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豪雨災害でボランティアが体験した困難とは②

200人を超える犠牲者を出し、今も復旧作業が困難を極める豪雨災害。その現場にボランティアとして入ったカメラマンが見たものは・・・。通り一遍の取材からは見えてこない現場の苦境をリポートする。(加藤雅史 文/写真)

現場につくと、目を疑う光景が目に飛び込んできた。

裏山で発生した土砂崩れで、平屋の半分以上が埋め尽くされ屋根しか見えない状態だ。

どうやったら中に入れるのだろうか・・・。

土砂で埋まってしまった家
土砂で埋まってしまった家

前日までの活動で土砂が掘り下げられた台所の扉から中に入ると、床には10センチ以上泥が堆積し、家具や日用品が散乱していた。その光景に、メンバー全員が息を呑んだ。

この家は、清水雄三さん(59歳)が生まれ育ち、家族4人で被害を受けるまで住んでいた。

台所の食器の乾燥台には、食器がまだ並んでいた。生活の痕跡が残っている。

 土砂で埋まった台所
土砂で埋まった台所

まず、泥の掻き出し作業を始める。3人~4人が台所に入り、泥をスコップで掻いてバケツに入れる、それを残りのメンバーでバケツリレーをして外に出す。水分を多く含んだプリンのような泥が入ったバケツは重く、バケツいっぱいに入れると成人男性でも持ち上げるのは難しい。そこで、半分以下だけ泥を入れて運び出す。

35度を超える猛暑の中、怪我と感染症防止のために、ボランティア全員は長袖長ズボンに長靴を履き、物凄い暑さで、体中から滝のように汗が流れ出てくるが、強烈な臭いを発する泥があるので、マスクは外せない。汗が目に入って痛いが、全身泥だらけなので拭う事もできない。

作業は、15分毎に10分休憩するよう社会福祉協議会から注意事項として受けていた。最初は、そんなに短い間しか作業できないのかと思っていたが、実際に作業を行ってみると15分でも苦しい。休憩毎に、水分補給と各自が持ってきた塩飴や氷を皆で分ける。そして、再び作業に戻る。

家からは、家族の思い出が詰まった日用品として使われたものが土砂まみれになり、それらをゴミとして家の外に運び出す。鍋、食器、書類、一度も使っていない新品の家電、冷蔵庫、椅子、テーブルが、庭先に山となって積み上げられていく。

この家に住んでいた清水さんは、「加藤さん、これまだ使える?」と何度も聞いてくるが、私は「これは、もう捨てましょう」と言うしかなかった。

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