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なぜ危険地帯を取材するのか? ジャーナリスト5人が語る危険地帯取材の意義と課題(下)

なぜ危険地帯を取材するのか? ジャーナリスト5人が語る危険地帯取材の意義と課題(下)

●危険地帯取材はどこまで可能か。基準は何か。

高尾具成氏 毎日新聞記者。アフリカやアフガニスタンを取材。ジンバブエの取材でボーン・上田記念国際記者賞を受賞。
高尾具成氏
毎日新聞記者。アフリカやアフガニスタンを取材。ジンバブエの取材でボーン・上田記念国際記者賞を受賞。

イスラム国による日本人人質事件の渦中の今年1月と2月、外務省が退避勧告地域としたシリアに朝日新聞記者が入国して取材した。石丸氏は、これを記事にした読売新聞と産経新聞に対して、「外務省が行かない方がいいという所に他メディアが入ったことを、わざわざ記事にするというのは、いったいどういう了見なのか。メディアが自分の首を絞める行為だ」と語った。

また、シリア渡航を計画していたフリージャーナリストの杉本祐一氏に対する旅券返納命令について読売新聞と産経新聞が社説で政府の対応を支持した点に疑問を投げかけ、「妥当であるという社説を読売と産経が書いた。これも、取材をするかどうかという物差しを国家に委ねているような主張。危険であるかどうか、そこにいって取材する値打ちがあるかどうかは、ジャーナリズムが独立的に自主的に判断する問題である」と述べた。

玉本英子氏 ジャーナリスト、アジアプレス所属。イラク、シリアなどを20 年取材。
玉本英子氏
ジャーナリスト、アジアプレス所属。イラク、シリアなどを20 年取材。

その一方で、石丸氏は、後藤氏の他、シリアで政府軍の銃撃により殺害された山本美香氏、ビルマで軍兵士に射殺された長井健司氏など、イラク戦争から後藤氏殺害までの10余年間に6名のジャーナリストが紛争地取材中に亡くなった事実を指摘し、「後藤さんの事件で、フリーランスの連中は鉄砲玉のようにどこへでも行って勝手をやってすごく迷惑をかけているという意見が社会に強いということが露わになった。やはり、ジャーナリストは生きて帰らなければならない。現場で死亡事故にあうというのは、ジャーナリスト側に多くの場合ミスがあったからだと思う。後藤さんの件はよく分からないけれど、やはりなぜイスラム国支配地域に行ったのか謎だ。ジャーナリストだって悲しむ家族がいる。無鉄砲をやってはダメ。なぜジャーナリストの死亡事件が立て続けに起こったのか、私たちジャーナリストがちゃんと検証しなければいけないと考えている」と語った。

小林氏も、「(後藤さんが拉致された当時)『イスラム国』では欧米のジャーナリストとかNGOが5人も殺されている。また市民の虐殺が続いている。多くの国の拘束された人たちがいる。そういう3つの条件を見ただけで、これはヤバいなということ。そして、現場取材でコーディネーターとドライバーが行くなと言ったら私はいかない。彼はなぜ判断を誤ったのか。やっぱり生きて帰ってこなければいけない」と安全の確保に最大の注意を払うべきだと指摘した。

他の登壇者からは、異なる意見も聞かれた。石川氏は、後藤氏の一連の取材に対して「非常に尊敬している」と語った。また、「(1970年代に仲間のジャーナリストが)カンボジアの解放戦線を撮ると言った時、(カンボジアはベトナムと違って)危ないよと注意したけど、二人は(カンボジアに行って)帰ってこなかった。私はそれをミスとか無謀とは考えない。信念を持って入っていった」と安全確保ができない危険地帯での取材についても尊重する考えを示した。

そして、「ベトナム戦争では14人の日本人ジャーナリストが亡くなった。最前線まで行くことができたから危険も多い。(ベトナム戦争で従軍取材をした)我々カメラマンは、現場の危険性をよく知っているから、そこで撮った写真を報道して第三者が見る価値も分かっている」と語った。また、自身も取材場所に制限を設けなかった結果として、「ベトナムの戦争証跡博物館で私の写真150点が永久保存版(として展示されている)」と語った。

●政府に屈せず権力追及

毎日新聞記者の高尾具成氏は、米軍普天間基地の移設をめぐる取材で沖縄に入った際の、あるエピソードについて語った。それは今年2月、米軍キャンプ・シュワブの入口前で沖縄平和センター議長の山城博治氏が米軍側の警備員に拘束された事件のことだった。

「辺野古で抗議行動の調整に入った山城さんが黄色い線を越えたというだけで、(米軍側に)引きずり込まれた事件があって、どうしてもその黄色い線が見たくてそこへ行った。その日は別に大きな抗議集会とかをやっていたわけではなく、おじいさんやおばあさんが、手前のテントに座っているだけ。時々何人かが、抗議の旗を持って黄色い線の前を行ったり来たりしていた。それを横から見ていると、陰が黄色い線を超える。今までであれば恐らく私は平気でその黄色い線の内側に入ってその人の写真を撮ったと思う。ところが、待てよと思った。俺、引きずり込まれないかなとその時思った。物凄い威圧感があった」。

高尾氏の意見に石川氏は別の視点を加えた。

「(黄色い線を越えたことで)逮捕するなら、私は逮捕してもらって一向に構わない。政府からみれば我々は国賊。ジャーナリストというのは反権力・反国家だと思う。海上保安官の辺野古の人に対する暴力はものすごい。それを琉球新報が撮って、国会でも追及していた。そういう権力を追及する写真を撮らなくてはいけない」。

●「旅券返納命令は妥当」に疑問の声を

2月、杉本氏に旅券返納命令が下され、憲法で保障された「渡航の自由」が制限されたとの批判が出た一方で、「政府に迷惑をかけるな」という声が上がり、当時ネットや新聞の世論調査では6~7割の人が「旅券返納命令は妥当」と答えた。

杉本氏は、シリア北部の「イスラム国」から解放されたコバニでの攻防戦取材やクルド人部隊によるプレスツアーの参加を予定していたという。杉本氏の現地での取材によって日本政府が自己に都合の悪い事実が暴かれると恐れて規制したとは考えにくい。しかし、旅券返納命令を認めてしまうと、今後政府の恣意的な判断によって取材の自由が制限されることになりかねない。

「戦争と報道」シンポジウムの会場でジャーナリストの発言を熱心に聴く参加者。メモを取る参加者も多くいた。
「戦争と報道」シンポジウムの会場でジャーナリストの発言を熱心に聴く参加者。メモを取る参加者も多くいた。

戦後70年間、日本は終戦直後に抱いた、二度と戦争を起こさないという共通の思いを胸に歩んできた。シンポジウムで石川氏は、「戦争が終わった時はみんな憲法第9条など当然という気持ちだった」と語った。しかし、安倍政権によって9条の解釈や9条そのものが変えられれば、自衛隊が海外で武力行使をする事態も考えられる。現地で行われているさまざまな事実を知らなければ、国民は政治に有効に参加することはできない。

シンポジウムに登壇した5人のジャーナリストの口から、旅券返納命令に反対する意見が出たことはその深刻さをあらためて世に問うものとなった。

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