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拉致の記憶~蓮池兄がたどる拉致事件②

2014年正月、弟と実家にて
2014年正月、弟と実家にて

忽然と消えた弟。弟には付き合っていた女性がおり、その女性も一緒に姿を消したという。直ぐに戻ってくるだろうとの思いが、時が経つについて焦燥感に変わってきた。そして警察への相談…。被害者家族として救出活動を担った蓮池透が、拉致問題の知られざる記憶を綴る連載の第二弾。

●捜索願い

1978年7月31日に薫ら2人がいなくなったまま1週間が過ぎた。両親は地元の警察に捜索願いを出した。新潟県警察本部柏崎警察署だ。ただ、2人が成人であること、両親もまだ職に就いていたことから、匿名捜査を依頼した。後述するが、警察の動きは私たちには納得のいくものではなかった。薫の自転車を見つけたのも両親だった。事件、事故ではないとの判断が働いていたからなのか、警察が本気で捜査をしたという事実は無かっただろう。
今考えてみれば、現在「拉致被害者」と政府に認定されている17人のうち7人がこの時期に行方不明になっていたのである。しかも同じ新潟県内では、1977年に少女がいなくなったことはかなり知られていた。横田めぐみさんだ。
母もその事件を覚えており「新潟市で女子中学生がいなくなったことがあったよね」と話していたが、弟たちの失踪との関連性にまでは思いが及んでいなかった。めぐみさんの場合中学生であったことから、警察による大捜索が行われた。
弟たちと同じ年の7月に行方不明になった地村保志さんと濱本富貴恵さんの二人については、乗っていた車が不自然な形で駐車してあったことから、捜索が行われたと聞いている。8月に失踪した鹿児島の市川修一さんと増元るみ子さんの場合、るみ子さんのサンダルが片方だけ残されていたという理由からやはり警察が捜索した。
しかし、弟たちのケースは、とにかく遺留品が自転車しかなかった。警察の側からすれば、事件性があるのか疑問視していたということかもしれない。加えて匿名捜査であったこともあり、捜索は行われず、新聞の一段記事にもならなかった。

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